佐用の史跡文化財 桜山銅山跡
桜山銅山跡(桜山)

桜山集落の谷あいを登りきると、高さ3メートルほどの石垣に、レンガで枠の積まれた遺構があります。今はふさがれているこの穴は、江戸時代中ごろから昭和40年ごろまで300年近く銅を採掘していた坑道です。幕山地区で生まれ育ったかたは「ほら穴のある金山やろ。よう遊びよった」と口をそろえます。
岡本亥作さん(桜山)は「穴は山を越えた大原までつながっとったそうや。青焼きの図面を見たことがある。奥からは夏もすずしい風が上がりよった。ええ銅が出よったらしいで」と、話します。明治や大正のころには谷沿いに鉱夫の家が建てられ、金山だけで小学校を造ろうと話が出たほどにぎわったそうです。
坑道は、支えていた木の柱が朽ちてふさがってしまいましたが、入り口の石垣や、滑車が固定されていた大きな台に、鉱山の面影が残ります。
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桜山銅山跡
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