佐用の史跡文化財 清林寺 宝篋印塔
清林寺 宝篋印塔(家内)

家内にある清林寺は、行基の開いた寺院と伝えられ、寛永12年(1635)、弘法大師40世の孫秀寛の再興による真言宗御室派の寺院といわれます。その後、度重なる火災のため建物や古書類ともに焼失し、明治15年、ある旧宅を購入して本堂にあてていました。このころ、後に高野山管長となる和田性海が入山得度をしています。性海は幕山出身で宗教界では高名な人物ですが、若いころに新免一五坊(長尾・藤木睦之助)とともに正岡子規の門下で和田不可得と号していたことも佐用の人として忘れてはならないことでしょう。
さて、この清林寺の墓地には古い宝篋印塔があり、南北朝末から室町時代初期のもので、総高105cm、花崗岩製で、昭和63年に町指定文化財(建造物)となっています。ほかに、境内にも享保9年(1724)建立の大型の宝篋印塔があります。
なお、清林寺は昭和51年の台風17号災害によって裏山が崩れ、本堂が流出しました。現在の本堂は昭和56年に再建されたものですが、参道石段の両側には築造年不明という巨石を使った石垣が威容をみせ、これからの季節、佐用郡八景にも選ばれたという境内の紅葉が美しい景色を演出してくれます。
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清林寺 宝篋印塔
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