佐用の史跡文化財 金倉の六地蔵
金倉の六地蔵(宗行)

佐用町宗行にある六地蔵。平福宿の南入口に位置し、近世因幡街道を北上していくと佐用川を渡って平福宿に入ります。現在周囲は墓地であり、近世には平福領の罪人処刑場でした。宮本武蔵初決闘の地としても知られています。
人は死ぬと六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のいずれかに行き、そのそれぞれにあって導くのが六道地蔵で、路傍や墓地の入口に多く立てられています。六道のいずれにおいても救いの手を差しのべる六道救済の願いが込められ、やがて六つの分身として彫刻される六地蔵となり、近世には様々な形につくられるようになりました。
町内には舟形浮彫りの六地蔵が多く見かけられますが、当地のものは丸彫りで、享保14年(1729)という町内では古いもので像高は約78センチ、昭和58年に町指定文化財となっています。島根県で産出する来待(きまち)石という石で作られており、長年の風雪で欠損もみられますが、気品のある美しさを漂わせています。
ちなみに金倉は『播磨国風土記』に讃容(さよ)里の条に金(かね)の鞍(くら)を得た場所として登場する地名に比定(ひてい)されており、同じく揖保郡桑原里の条にその鞍を盗んで持ち帰っていたという説が書かれています。
なお、東側の金倉谷には鉄滓(てっさい)が散布する製鉄遺跡があり、風土記の記述と関わる遺跡なのか興味深いところです。
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金倉の六地蔵
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