佐用の史跡文化財 平家落人伝説の残る里 大畑五輪塔
平家落人伝説の残る里 大畑五輪塔(大畑)

その昔、源平合戦で敗れた平家の人々が追っ手から逃れるため人里離れた場所に隠れ住んだという「平家落人」の伝説は、今でも日本の各地に残っています。兵庫県内でもいくつかの伝承地は挙げられており、そのうち西播磨では佐用町・相生市・上郡町・宍粟市などに残っていることが知られています。
ここ佐用町の落人伝説は三日月地域の大畑に伝えられているもので、江戸時代に書かれた大畑村の由来には、平家が滅びたときにその一門の人たちがこの地に隠れ住んで開発・耕作し、ついには「大い成る畑」を開いたことから大畑村と称したとされています。
そしてこのような話の残る大畑には平家の伝説に伴う遺物もあります。東大畑公民館東側の小高い丘の中腹に通称「とももりさん」「知盛塚」と呼ばれる立派な五輪塔が覆屋(おおいや)の中に2基鎮座しています。この塔が造られた時期はその姿形から室町時代中ごろから終りごろにかけてと考えられており、材質は花崗班岩(かこうはんがん)製、高さは向かって左側が90センチ、右側が112センチ。左側の塔は基礎に阿弥陀坐(ざ)像を彫り出す珍しい作例となっています。
ところで五輪塔はよく墓に使用されるとはいえ、平知盛が当地に隠れ住み、また没したという確かな記録は見当たりません。いつのころか平家に関係する出自をもつ人々が知盛をまつるためにつくった、あるいは立派な五輪塔がいつしか知盛と結びついたなどとも考えることができます。
いずれにしろこの五輪塔は町内でも数少ない時代の石造品で、また良い優品でもあることから、町の歴史を知る貴重な文化財として平成14年に町指定建造物に指定されました。
(参考文献:三日月町史ほか)
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平家落人伝説の残る里 大畑五輪塔
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