佐用の史跡文化財 日岡八幡神社本殿
日岡八幡神社本殿(乃井野)

乃井野にある日岡八幡神社は平安時代のころ、今の三日月地域にあった荘園の領主である石清水八幡宮(現・京都府八幡市)の播磨別宮として勧請(かんじょう)したのが始まりと伝えられています。宮は末社・氏子も多く、平安時代・中世を通じて長らく栄えていたようですが、安土・桃山時代ごろに衰微し、さらには江戸時代の寛永元(1624)年に野焼きの火が引火して、本殿を始め残らず焼失してしまったそうです。
しばらくは仮殿を建てていましたが、神主の船曳氏は乃井野の大庄屋である井上氏を願主として、広山・三日月・東本郷・志文・春哉・真宗の各村庄屋たちと相談し、寄付を募って宮を再建するために動き始めました。
こうして火事から32年後、明暦二(1656)年になって現在みられる本殿が完成しました。なお棟梁として姫路藤原喜左衛門の名が棟札に残っています。
その後元禄十(1697)年になって森長俊が津山から三日月に移ると、境内の一部を屋敷地にしたことで八幡神社を信仰したとされ、本殿の修理を始め透塀(すかしべい)・鳥居・神楽殿・石垣練塀(ねりべい)・石段・随身門(ずいしんもん)・神倉・灯籠(とうろう)・御輿(みこし)などが寄進され、拝殿の建て直し、高良(こうら)神社の建立なども行われたようです。さらに明治の廃藩まで本殿・透塀・鳥居に関しては森家が一切を賄っていました。
日岡八幡の本殿は三間社流造(ながれづく)り・千鳥破風(ちどりはふ)・軒唐破風(からはふ)といった、近世神社本殿建築の特徴をよくあらわし、また細部意匠にも優れていることから、町の貴重な文化財として昭和63年に町指定建造物に指定されました。
(参考文献:三日月町史ほか)
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日岡八幡神社本殿
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