佐用の史跡文化財 長尾廃寺の礎石
長尾廃寺の礎石(長尾)

佐用高校前庭の植込みのなかに、「塔の石」と銘打たれた不思議な石を3つ見ることができます。
いずれも一抱え以上の大きさがあり、上面が平らになっていますが、その部分をよく見ると円形の浮き彫りが施されていることが分かります。
これは昔、建物の基礎として使われていた石で、円形の浮き彫りは柱をのせる部分にあたります。このような礎石は設計に従って建物の柱がくるところに整然と並べられていたもので、いまでも古いお寺や神社など、木造の建物の下に見ることができます。
では、このような大きな石を柱の基礎に使うような建物とは一体何だったのでしょうか。
佐用高校の北側にある畑の一角に「史跡長尾廃寺塔跡」の標柱が建てられ、そこには寺の塔心礎(とうしんそ)(塔の中心にある柱の礎石)があります。この寺は今はなく、名を寶光山鶏旭寺(ほうこうさんけいきょくじ)とも伝えられますが、周辺の発掘調査から塔・金堂・門などの痕跡や遺物が確認された結果、今では遺跡名として長尾廃寺と呼ばれる、法隆寺式の建物配置をもった白鳳時代の古代寺院遺跡であると考えられています。このころの郡内には同様に寺がいくつか造られていますが、地域の中枢である郡役所が置かれた長尾に造営されたこの寺は、あるいは佐用郡を代表する寺だったのかもしれません。
この3つの礎石は昭和33年に果樹園(現・畑)から出土したとされますが、果樹園はさきの塔心礎の南側にあったことから、これらの礎石もこの長尾廃寺に建立されていた塔の礎石の一部ではないかと考えられています。
なおこの礎石は、佐用町における古代寺院の貴重な資料として平成13年に町指定考古資料になっています。
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長尾廃寺の礎石
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