佐用の史跡文化財 利神城跡とその周辺
利神城跡とその周辺(平福)

標高373メートルの利神山頂に築かれたこの城は、ふもとの御殿屋敷跡とともに、平成29年に国の史跡となりました。
中世に別所氏が築城し、戦国時代を経て、慶長5年(1600年)姫路城に入った池田輝政の命を受けて、池田由之がその支城として大改修、高い石垣を巡らした山城としました。
中世の山城が基本的に石垣を持たない文字通り「土で成る」城であったのに対し、このような高石垣を持つ城が山頂部に築かれるのは戦国末期から近世初頭のまだ政情不安定な時期にほぼ限られ、県内では、但馬の竹田城跡(国史跡)とならび称されるものです。利神城跡は町の指定文化財第一号になっています。
また、中世の利神城は南尾根を下った口長谷の殿町に城主居館(別所構跡)がありましたが、池田氏以降は利神城西麓に居館を移し、平福城が築かれ、寛永8年(1631年)に廃されるまで続きました。
佐用川の西岸にある平福の町並みは、はじめ城下町として形成され、のちに宿場町として発展しましたが、利神城跡はそのシンボルとして威容を伝えています。
注)利神城跡は、現在、石垣の崩落の危険性がありガイドツアーでのみ登山できます。
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利神城跡とその周辺
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