会長あいさつ 

 

■佐用町の「国際交流協会」の紹介(1)

ここは、兵庫県佐用郡佐用町(さようぐん さようちょう)といいます。私たちの町の「国際交流協会」とは、何をしているところなんかということから、紹介していきます。

そもそもの始まりは、大阪大学に旧上月町(こうづきちょう)の出身の先生がおられ、その先生の紹介で上月のような田舎町に、外国から大阪大学に勉強に来ている留学生を招いて、田舎の生活を体験してもらったらどうだろうと言う話になり、この催しを「いなかのえんげ」と名づけたのです。「いなかのえんげ」とはこの地方の部屋の外にある板張りの縁側のことで、何十年か前にはどの家にもありましたが、今はほとんど残っていません。交流会の名称を「いなかのえんげ」とし、第1回は平成11年3月に実施し、6世帯が6人の外国人の留学生を迎えました。

 

 

その後は毎年8月に行うこととして7年が経ち、今年の夏には9回目を迎えます。

遅くなりましたが、佐用町の紹介をしましょう。当時は佐用郡上月町(さようぐんこうづきちょう)といっていました。位置から言いますと、大体北緯35度、東経134度30分の、中国山地の南の縁にある小さな町です。人口は約5,000人ほどで、75%は山地で囲まれており、千種川(ちくさがわ)の支流の各所では夏には蛍が飛び交う、自然のいっぱい残っているところです。そして、西の隣は岡山県になります。

一昨年の10月に佐用郡の4町が合併して、佐用町となりましたが、人口は22,000人程度です。地名の由来は、播磨風土記に出てくる讃容(さよ)の呼び名からとったものです。

つづく

兵庫県佐用郡佐用町 国際交流協会会長 小嶋逸也

 

 

 

 

 

 

 

■佐用町の「国際交流協会」の紹介(2)

お詫びと訂正  前回、今年の「いなかのえんげ」の回数を9回目と書きましたが、今年は  10回目  でしたのでお詫びし、訂正します。

「いなかのえんげ」と名づけた理由は、3〜40年前までは、多くの家では「縁」があって、「えんげ」とよんだのです。おばあちゃんが、冬になると「えんげ」で日向ぼっこをしながら針仕事をしたり、新聞を読んだりしていたところです。ここからこの催しを「いなかのえんげ」と名づけたものです。

ところで「いなかのえんげ」では大阪大学に勉強に来ている留学生の何人かを、当時の上月町のような田舎の空気を何日間か吸ってのんびりと過ごしてもらったらいいのではないかと、大阪大学に呼びかけたのがそもそもの始まりです。初めは役場の職員が中心になって、岡山県の御津郡御津町の「国際交流協会」の方々の指導の下に企画したのですが、大変な苦労だったと思います。受入家族もどうしたらいいのか分からないままになんとかなるわと思ったに違いありません。私もその一人として応募したのです。外国からの人を迎え入れて家族が団らんしながら交流を進め、異なった文化を学ぶこともいいのではないかと思い、不安を抱えながら待っていました。

さて、第1回目のホームスティは平成11年3月のことでした。中国の上海からの青年の留学生だとわかったのは1か月ほど前でした。

当日は中国の国旗を画用紙に画き、当時4歳の孫に持たせてウエルカムパーティで迎えました。日本語は堪能だったのが非常に幸いでした。分からないときには文字を書いて理解しあっのを今でも思い出します。ちょうど春の彼岸の中日だったので、私の家の墓に彼と一緒にお参りしている様子がサンテレビに放映されたのが大変印象深く残っています。

 

第2回目のホームスティは平成11年8月のことでした。2回目が同じ年になったのは、受け入れ側としては、8月の夏休みの方が子供がいて楽しいのではないかという意見を取り入れたためです。今回は、シンガポールからの男性で小学校の先生でした。小学校を案内すると興味深く観察していました。彼はこの年の年末にも来宅し臼での餅つきを楽しんでいました。年明けた正月には郡内の神社の初詣でに行ったのですが珍らしかっようです。

翌年の年末にも彼の母も一緒に来宅してくれ、彼のお母さんの、臼での餅をついていた懸命な姿が今でも目に焼きついています。第3回目のホームスティは平成12年8月のことでした。バングラデシュからの青年でした。彼の国は平地が大部分で山地は少ないが、河が非常に多くヒマラヤ山脈からの洪水に悩まされているということでした。農業にも関心をもったようで、朝早くからピーマンの収穫を手伝ってくれたのが印象に残っています。

また、彼は医者になる勉強中なので、10kmほど離れた山間の診療所を尋ねて女医さんから2時間以上にわたり研修を受けていたのには感心しました。当地の民族資料館ではいろんな衣装を着ておどけたり、晩には孫たちと花火に興じていたのが残っています。

このように私個人としては3回しか経験がありませんが、会員のみなさん方の感想を聞いてみますと次のようにまとめられると思います。

1.まず言葉ですが、たいがいの留学生の日本語が驚くほど上手でかえってこちらが勉強させられました。中には少し不自由なひともいますが、その時には、身振り、手振り、さらに絵や文字を書いて理解しあつたらいいでしょう。要は誠意と熱意があれば通じ合うのではないでしょうか。

2.あまり気張らず、ごくふつうに、遠くの友人か親戚の人がやってきて、家族とともに3泊4日を楽しんでもらうという気持ちで。

3.ふだんの生活でよく、でも肝心なことを思い出しました。食事についてです。普通は私達の食事内容で十分なのですが、宗教上、アルコールはだめ、肉はだめという国の人があります。十分気をつけたほうがいいでしょう。宗教上の戒律としてその教えに忠実な彼等には頭がさがります。

4.新しい佐用町になった以上、旧上月だけでなく、旧佐用、旧三日月、旧南光の方のホームスティへの応募を待っています。

平成19年6月
佐用町国際交流協会
会長        小  嶋  逸  也

 

 

 

 

 

 

 

■佐用町の「国際交流協会」の紹介(3)

佐用町国際交流協会が誕生したのが平成13年4月でしたから、もう6年と半年が経ったことになりました。

  誕生して間もなくの頃は、大阪大学に留学生として学んでいる外国人との交流を主な事業としていました。留学生も大阪やその近郊の都市で生活しているので、田舎の空気を吸ってしばらくのんびりとしてもらったらどうだろうと、大阪大学へ呼びかけたのが始まりでした。当時は私達の町名も上月町でした。この事業を計画しすすめてくれたのが当時の上月町の役場の職員でした。

  第1回目は平成11年の3月でした。どんなことをしたらいいのか不十分なままに過ぎたことを思い出します。この事業を「いなかのえんげ」と名づけたのは、昭和の40年代頃までほとんどの家庭の表(おもて) にもあった「えんげ」といわれる板の間(ま) をいったものです。もっと古くは、おばあさんが日向ぼっこをしながら縫い物をしたり、新聞を読んだりしていたところです。それを名ぞって「いなかのえんげ」と名づけたものなのです。

第2回目以降からは留学生を受け入れてもらえる家族の数も10家族を目標に取り組んできていますし、夏休みの盆前に行うこととし、今年の8月で10回留学生を受け入れています。 国別にみてみますと、フィリピン、タイ、ラオス、中国、韓国、台湾、ベトナム、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、ベルギー、モロッコ、カンボジア、バングラデシュ、コスタリカ、モンゴル、ブルガリア、マレーシア、メキシコ、インドネシア、カナダ、フランス、アメリカ、ラトビア、シリア、イタリア、ドイツ、マレーシア、シンガポール、タイ、カナダの実に29か国にのぼり、男性は32人、女性は38人の、合計70人にのぼっています。 当初はこのように留学生の受け入れに力を注いできましたが、それだけでは駄目だと反省し、現在では

 

 

・1  総会と毎月1回の国際交流協会の定例会の開催

・2  外国人を先生にして、その国の料理教室の開催(外国料理教室)

・3  留学生を受入れたホストファミリーとの懇談会

・4  各種催しへのバザーの出展(国際交流協会のPRも兼ね、桜祭り、文化祭、久崎市(くざきいち)などに、鶏のから揚げげやドーナツを出展)

・5  反省会、意見交歓会の開催

その他の事業にも取り組んでいます。

  現在の協会の会員数は数十人で、他にも行事の時だけ手伝ってもらえる人も十人ほどいます。会員は若い女性の方が多く、和気あいあいで会議や、事業に取り組んでいるのが国際交流協会の味だと考えています。この辺で3回目を終わります。

つづく

 

 

 

 

 

 

 

■佐用町「国際交流協会」の紹介(4)

 今まで、佐用町の紹介、第1回から第3回までの留学生を引き受けたこと、「国際交流協会」の歴史について簡単に紹介してきました。今回は主な活動などについてお話したいと思います。
 すでにお話したこととダブることがありますがお許しください。

 大阪大学の留学生を一般の家庭で引き受けてもらう活動をしたらどうかと考えて動き出したのは、平成10年11月末に、当時の上月町役場の職員でした。6人の職員が中心となり岡山県の御津町へ視察に行って勉強しました。

 翌年早々に名称を、上月町国際交流ホームステイ「いなかのえんげ」と決定し、直ちにホストファミリーの募集を始めたのです。こうして第1回目の「いなかのえんげ」は同年3月19日から3日間の日程で10人の大阪大学の留学生を受け入れたのが最初のことでした。

 第2回目からは8月に変更しました。そして去年の8月には第10回目を無事終了したのです。
 平成11年9月には上月町「国際交流協会」を発足させ民間の団体として活動することになりました。

 

  「いなかのえんげ」としての主な活動は、留学生を迎えた夜にウェルカムパーティとして、留学生とフォストファミリィーの最初の顔合わせと歓迎パーティを食事を囲みながら行います。3日目には夕方から町の施設を借りて、ゆかたパーティーを行います。留学生にはゆかたを着てもらい、そうめん流し、焼きそばなどとビールでのどを潤します。なお、佐用郡の佐用、上月、三日月、南光の4町が平成17年10月に合併して佐用町となりましたので、名称も佐用町「国際交流協会」として発足しております。「いなかのえんげ」としては、去年の10回で、70人の留学生を迎えました。国別ではフィリピン、タイ、ラオス、中国、ベトナム、カンボジア、韓国、台湾、ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール、ベルギー、モロッコ、バングラデシュ、コスタリカ、モンゴル、ブルガリア、マレーシア、メキシコ、インドネシア、カナダ、フランス、シリア、アメリカ、ラトビア、イタリア、ドイツ、の27か国となっています。男性は32人、女性は38人の合計70人にのぼっています。
※正確な数字と国名はこちらです:事務局

 「国際交流協会」としての活動の主なものは、町内外に住む外国人を講師として迎えてその国の料理教室、アフガニスタンから農業研修に来られた方々との交流、久崎市(くざきいち)やさくらまつりなど各種イベントへの参加を年間を通じて30名近い会員を中心に行事に取り組んでいます。

 また、総会を年1回、例会を月1回必ず行っております。また、相互の親睦を深めるために年1回の旅行も計画していますが楽しいものです。(今年は、鳴門のうずしおを見にいきましたが、うずに大歓声をあげて楽しみました。)

 これで国際交流協会としてのお知らせを終わりたいと思います。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。なお、佐用町内外のこのページをご覧の方へお願い。佐用郡佐用町のホームページをご覧になって是非ご一報ください。お待ちしています。